時を楽しむ、旅がある。~鎌倉観光公式ガイド~
大町・材木座エリア
もとこの地には尊観が開いた浄土宗の善導寺がありました。 のちに北条政子が亡き夫頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺が焼失したため、鎌倉末期にこの善導寺の跡に長楽...
鎌倉駅周辺
1636(寛永13)年、江戸幕府の初代将軍徳川家康の側室であったお勝の方(後の英勝院)を開山として水戸徳川家が、祖先の太田道灌(※1)の屋敷跡と伝えられる場所に...
北鎌倉エリア
*最新情報は公式サイトをご確認ください* 二度の元寇(文永・弘安の役)で亡くなった両軍の兵士を弔うために、 1282(弘安5)年、鎌倉幕府第8代執権北条...
二階堂・浄明寺・十二所エリア
福岡県の太宰府天満宮、京都府の北野天満宮とともに、日本三古天神に数えられる古社(諸説あり)。 朱色に塗られた社殿が華やかです。 社伝によれば、1104...
【最新情報は公式サイトをご確認ください】 もとは新居閻魔堂と呼ばれ、由比郷や海浜近くにあったが、1703(元禄16)年の地震、津波で堂が破損したため、その...
大船・玉縄エリア
1929(昭和4)年に永遠平和のために地元有志が大船観音の建立に着手、1934(昭和9)年に像の輪郭ができあがった。 その後、戦争により未完のままになって...
*最新情報は公式サイトをご確認ください* 1218(建保6)年、第2代執権北条義時が十二神将の戌神将のお告げを受けて建立した大倉薬師堂を前身とする寺院...
1869(明治2)年、明治天皇の勅命によって創建された神社で、御祭神である大塔宮・護良親王御最期を迎えられた鎌倉二階堂の地に建てられました。 護良親王は後...
知阿を開山として、後北条氏の三代北条氏康が光明寺境内に立てたのが始まりといわれています。 現在の場所には以前、光明寺の末寺である善昌寺がありましたが廃寺となり...
祭神日野俊基卿は鎌倉幕府の荒廃を憂い、後醍醐天皇を中心とした倒幕計画を進めるが、幕府に捕えられ、この葛原岡で最期をむかえた。 辞世の句「秋をまたで 葛原岡...
1333(元弘3)年、新田義貞が鎌倉攻めをしたときの本陣をかまえた場所で、義貞が北条方の戦死者の霊を慰めるため1337(延元2)年に建立したといわれる。 ...
正式には巨福山建長興国禅寺といい、山号は地名の巨福呂から、寺号は年号からつけられました。 本尊は木造地蔵菩薩坐像。 鎌倉五山の第一位、臨済宗建長寺派...